HAPPY HALLOWEEN !  



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異変を感じたところからワンテンポほどズレてた敦のみが
“何の話でしょうか”と依然として現実の解析へまで追い着けてなかったが、
旧双黒のお兄様がたはさすがキャリアが違うか、まずは中也が手套を穿いた手をかざして見せ、

「大人しくしな。」

掴みかかっての力づくより穏やかな手法、重力操作で掛かったらしく、
途端に少女は何か目に見えぬ重しでも背負ったかのようにその姿勢を低めると
辛抱ならぬか そのまま地べたに伏せてしまう。
得体の知れない現象に捕まったせいか、
左右を見回し、ますますと落ち着きない様子になりはしたが、
雑踏の中へ紛れるように駆け出されるよりはマシだろう。

「あーあ、乱暴だねぇ、中也ってば。」

道理が判っておればこその非難を口にしつつ、それでも幼女が何の異能をまとっているかが不明なため、
大概の異能を無効化できる御仁が、数歩ほどの間合いを詰めるとしゃがみ込んでの視線を合わせ、

「お嬢さん、一体どういう能力の顕現かは判らないけれど、その力押さえさせてもらうよ?」

いとけないお顔をぎゅぎゅうっとしかめておいでの幼い少女へ、
出来る限りの柔らかな笑顔を向けて、怖くはないよとナウシカばりに手を延べた、
どこぞかの貴公子様のようなお兄さんだったれど。

「がうっ!」
「アッ、痛い痛い、噛むのは無しだヨ、お嬢ちゃんっ!」

さすが野生の勘は誤魔化されなんだか、
鼻の頭にしわが寄るほどに力いっぱい噛みついているらしく。

「薄っぺらな親切ごかしなんざ聞かねぇんだなぁ。」
「失敬だな、君は。
 というか、敦くん助けて、この子本気で噛んでる、痛い痛い。」

直前までの余裕はどこへやらで、痛い痛いと悲鳴を上げる太宰であり。
それでも反射的に立ち上がって振り払うような乱暴に転じないところはさすがかと。

「あれ? じゃあ異能じゃあないってことでしょか。」

こうまで接触していて、なのに変化はない…どころかますますと獣じみた様相になっているからには、
太宰の“人間失格”の異能が働いてないということでもあり。
同じようにお嬢さんのすぐ傍らへと再びしゃがみ込み、
ダメだよ放そうねと下あごから頬にかけてを掬い上げるように掴みかければ、
いやいやと首を横に振るものだから、

 「わあ、ますます食い込むんだけど。助けて。」
 「お嬢ちゃん、お願いだから離してあげてっ。」

さすがはフェミニストかそれとも幼すぎる子が相手では無体に走れぬか、
痛い痛いと声こそ上げているものの、
やはり振りほどこうというような暴れ方まではしないところは大人の対処といえるかも。
そんな太宰の傍らから、
小さな顎を何とか捕まえ、ぐいと開かせようとした途端、

 「う"るるるる………っ。」

喉奥に鈍い響きをとどろかせ、やはり獣じみた唸り声が鳴り響く。
周辺のイルミネーションのうち、豆電球だったものがぱちばちと弾け飛び、
結構強く火花が散ったのへ驚いたか、きゃあという悲鳴が上がると、

 「なんだ?」
 「爆発?」

さすが、ステルス仕様だった巨大な浮遊物が落ちてきたり、
霧に撒かれてあちこちで車が多重衝突起こしたりする謎の魔都ヨコハマ。
何が唐突に起きても不思議はないとの予備知識は刷り込まれているものか、
悠長な物見をしている場合ではないと察した人々が逃げようと動き出し、
その要因がこちらだとは知らぬまま、通りの左右へと出鱈目な流れを作って逃げまどい始め。

 「あ、中也さんっ。」
 「任せろっ。」

警戒警邏に出てきておいて、そんな自分たちの落ち度から将棋倒しが起きては洒落にならない。
多少の衝突は我慢しなとばかり、人の流れをざっと眺めやると、
目には見えない斥力重力の操作にて、人の流れを器用に捌き始めた中也であり、
強引に駆け出そうという若い衆たちほど
ぎゅうぎゅうと押さえ込んでの路面店の壁へと貼りつかせて排除している辺りが
事情が分かって見ておれば小気味のいい処し方で。
まださほど、芋の子を洗うようなというほども混み合ってたわけでなし、
立ち止まって彼らを見物していた一群を適度に散らせば、人の行き来は元通りに修正も出来た模様。

 その一方、

敦の獣化以上に何やら物騒なそれらしき反応を見せている幼女の様子の方はというと、
愛らしいそれだったつぶらな瞳が、心なしか瞳孔を開いて青みをおび、
電球を弾いたのもこのせいか、細い質の栗色の髪がぶわっと膨らみ放電しかかるという、
何とも怪しい代物へと変わりつつあったものの、

 「……羅生門。」

雑踏の生み出すざわつきの中を縫うように、またぞろ覚えのある声がして。
ハッとした当事者たちの肩先や脇をすり抜け、
細く絞られた黒獣がどこからか流れるように現れると、
小さなお嬢ちゃんの口許へとすべり込む。
そのまま超小型のジャッキよろしく、
咬み合わさっていたお嬢ちゃんの歯をやや力技にてこじ開けたので、
外科医のせんせえもどきに扮していた包帯の探偵さんが やっとのこと手を引き抜けて。
とんだ“真実の口”ヨコハマ版になりかかってたところから、
あっさりと救ってくれた救世主殿へ安堵のお顔を向けている。

 「芥川くん、いいところへ。」
 「いえ、」

お役に立てたなら重畳と続けたかったらしかったが、
右往左往が何とか収まりつつある雑踏の中から現れ、歩み寄ったその先にて、
敬愛する師にそれは和んだお顔で迎えてもらえたのが不意打ちすぎたか、
語尾がごにょごにょと萎んだ辺りは通常運転か。
口許をゆるく拳にした手で隠す彼こそは、やはり異能を操る芥川という青年で。
ポートマフィアの首領直属遊撃隊を預かる上級幹部であり。
指名手配犯だが、このハチャメチャな晩では誰もそれとは気づかなかろう。
しかもさして仮装はしてなかろうに、
フリルになった襟元のジャボタイに漆黒のロングコートは
それだけで敦くんが挑戦予定だった吸血鬼のいでたちと言って十分通りそう。
そんな彼もまた 首領様からの指令を受け、
中也同様に雑踏の中で要らぬ騒ぎを起こそうという輩を警戒していたらしかったのだが、
ようよう見やるとやや憔悴したよな面差しのお若いご夫婦を連れており。
そんなお二人を見て、栗色のくせっけを獅子のたてがみの如くに膨らませていたお嬢ちゃん、
はっと正気に戻ったそのまま、そちらへ勢いよく駆け出しており。
ご夫婦の側でも おおおとお顔をほころばせ、飛びつく幼子を抱きとめておいで。
いかにも感動の再会という構図であり、

 「もしかして親御さん?」
 「ああ。」

指を差すのはよしなさいと、一応おとうと弟子の敦を嗜めるようにその手を捕まえつつ、
小さく咳き込みながら、先程すぐ傍の交差点辺りで途方に暮れているのを見かけたと説明してくれて。

 「この人の多さに撒かれてはぐれてしまってたらしくてな。」

そういう傾向の話なら、目配りとかを考慮するに自分たちより探偵社だろうかと思いつつ、
話をしている最中に、にんにくの匂いがすると言い出された。

「独特の強い匂いを嫌っているらしく、」

苦手にかち合うと隠していた性分が現れてしまうそうで。
それで、匂いの出どころを辿って来てみたら、何か騒動が起きかけていた此処だったということで、

 「隠していた性分?」

寡黙で真っ黒ないでたちのいかにも怪しい男が相手だというに、
愛娘の行方をと思う心が勝さったか、
随分とシークレットにあたろう詳細までもをつまびらかに語ったご夫妻だったよで。
そういえば太宰が触れても消せない獣性が膨らんで、一触即発な状況だったの思い出す敦へ。
歯型の付いた手の甲を抑えている師を見やり、
彼らへも何かあったらしいなとそちらも推測したらしい芥川。
秘密裏にすることでもなかろと思ったか、

 「やつがれらの持つ“異能”というのとは違って、獣人というのの一族なのだとか。」

  「はい?」×3

詳しいことはよく判らないが、
人里離れた土地に古来から一族だけで暮らしていた方々が、
近年それではよくないと世界のあちこちへ散り散りに進出してもいて。
自分たちだけでは気づけなんだが、
自然現象に過敏だったり、ちょっとばかり動物たちの不思議な声が聞こえたりと、
異能といい勝負の能力を持ってもいたらしいことが判明。
だから、外界との交流を断っていたのかも知れないが、今となっては何もかもがもはや憶測。
混血も進んで血も薄くなったものの、時々濃い存在が生まれもする。
彼らのお嬢ちゃんが随分と強い個性を持って生まれたそうで、
異能力者も力によっては生きにくい昨今、
なればこその対策を持つ、当地の異能力専門の組織に身を寄せるつもりで
当地へ渡航なさったばかりという状況だったとか。

 「…まさかポートマフィアとか?」

何しろ自分たちもそんな通達はもらっていない。
それに親御を手際よく見つけ出したのは芥川だということを兼ね合わせたらしく、
それでと敦が窺うような顔をしたものの、
おとうと弟子の幼く拙い推量を、頬をつつくことでやんわりと咎めた兄人様、

 「それはなかろう。首領からもそんな話を聞いておらぬ。」

極秘の任務が何もかにも彼へ伝わるわけではないけれど、
この晩に動いていた人たちを保護したいというのなら、話しておかないはずはなく。
それへは太宰も肯定の意を示し、笑って頷きながら、

 「大方 異能特務課だろうね。各国の同位組織と連絡取り合ってるから。」

そんな風に目串を刺したそのまま、自身の携帯端末を取り出してどこかへ連絡を付けており、
ご両親との再会叶った小さなシンデレラは、
先程までのちょっとおっかない風貌なぞ微塵も感じさせない愛らしさで、
母上の外套にしがみついて甘えているばかり。



     ◇◇


晩秋の街角は、舶来の祭りに便乗したコスプレもどきが行き来していて、
飲食店の行燈看板やら、イルミネーションを眺めてそぞろ歩む人の波がちょっと窮屈そう。
本来はちゃんと理解した上でのホームパーティーを開くなりするような行事なのだが、
そこまではご存知ない和の国の人々には、せいぜい真似っこするところまでしか把握できてないらしく。
同じように仮装した人がたくさん集うところに行けば何とかなるだろうなんて
浅い考えで集まっているのが何とも危なっかしい。
混乱から揉め事が起きないかを警戒しての見回りを任務と課されていたものの、
こうまで無秩序な場では何が引き金になるか判ったものじゃあなくて。
現につい先程も、不意な放電現象から人々がパニックを起こしかかったのを目の当たりにしたばかり。
人混みが唐突に濁流になりかかっていた雑踏もいつの間にやら落ち着きを取り戻しており、
今のところは穏やかな宵の空気が流れている。
混乱の当事者さんたちは、やはりというか太宰の付けた見当通り、
異能特務課が段取りつけて当地へ招いたらしいご一家で。
外交官ルートをたどり、恐らくは何かしらの取り引きもくっつけて受け入れたんじゃないかねぇと、
大人の事情まで見透かして、
呼び出しに慌てて飛んできた担当の係官さんにくっ付いて彼らを送ってゆくと立ち去った。

 『この子、借りてくからねvv』
 『え?え?え?』

居合わせたままだったところの誰かさんの、細い肩を余裕で捕まえて掻い込んで、
それはにんまりと笑っていられた先達だった辺り、
黒ずくめの遊撃隊長さんまで同伴させた事こそ、真のお目当てだったらしく。
私的なつながりはともかく、直接の上下関係とかいう発言力はないはずの身だったが、
それこそ何を今更という関係ではあり。
何より、頭の回転がずば抜けている御仁、
どこからどういう理屈を持ち出すやら、予想もつかぬほど面倒臭い相手だと、
此処に居合わせた全員がようよう悉知してもいて。

 『どう食い下がったって無駄だろうからな。』

ご夫妻を最初に見つけたという“事の次第”により、彼らとしては頼りにしている感もありありしていたため、
マフィアの人間が付いてくのも何だろうから、
内務省関係者への手形になってあげましょうという大義名分をちゃっかりとひねり出したのであり。
相変わらず 目的のためなら手段を選ばぬ…というより、手段のために目的を持って来ちゃった恐ろしさ。
実は指名手配犯の芥川の保証人のような格好でついてった太宰こそ、
油断のならぬ魔性のものかも知れねぇよなと、カラカラ笑った中也だったりもして。
本当ならそんなお馬鹿な段取りに部下を引きずり回すなと制すところだったろに、
芥川の側からも憎からず思う相手なのはようよう承知。
よって、ぐだぐだと言い負かされて時間の浪費をするよりもと、
とっとと白旗上げて言うとおりにしてやった方が合理的だろと、
内務省の係官と共に立ち去るの、見送ってやったマフィア側の責任者様だったという運び。
手っ取り早くそうと運ぶようにと、言葉添えは少なかったが尽力した中也だったことへ、

 “どうしてこの人は…。”

マフィアなんだろうと常々思う敦だったりし。
人の世は様々に事情が錯綜していて、正道や正論を貫くことは結構難しい。
社の先輩である国木田さんなぞ、
間違ったことは言ってないけれど、そこまで曲がれないと壁にぶつかってばかりだろうなと思うほどで。
まま あそこまで融通が利かないのも極端な話だが、
そんなもんだというのが判って来ると、
正しい人が なのに傷つくような世の仕組みにむかつくことも多かりしで。
力さえあれば、要領ばっかの悪い人たちを黙らせることが出来る…なんていう、
どこかで本末転倒な仕組み、いつの間にか“そういうものだ”なんて認めている自分が居たりする。
人がどんなに弱くて傷つきやすい存在か、
そんな悲しい現実をこのマフィアさんは重々知っており。
なのにそれへと諦念で接することはなく、
たまに敦が子供っぽく駄々をこねて粘ったり、譲らなかったりするのへと、
苦笑交じりに降参してくれる人だ。
さすがに、マフィアとしての任務では譲ってくれないが、
だったらだったで力の差を見せつけて、
悔しいなら強くなりなと、思い知らせる役回りに立ってくれるし、
何十回に何度か、ギリギリの競り合いの中で一矢報えた折なぞは
潔く “参った参った”と手を引きもするほどで。

 『そもそも中也は甘いからねぇ。』

太宰さんに言われなくとも知っている。
裏社会の人間と仲良くなってもいいことないぞと、突き放す気満々だったのへ、
一緒に居たいのだという子供じみた駄々をこねてしがみついたら、
しょうがねぇなと渋々飲んでくれた人だもの。

 「? どうした?」

雑踏の只中にいたのでは対処に駆け出せまいと、
この時間では閉店となっているブティックの並ぶ、中二階の通りまでを誘ってくれて。
そこのバルコニーのようになってるところから人々を見下ろしていたが、
ふと敦が黙り込んだのを気に掛けてくれたマッドハッターさん。
こちらを見やる、どこも取り繕ってないそれは綺麗な風貌が、
上辺だけじゃあない、しっかり芯が通っていての強靱な美しさなのだと、
知っているからこそなんだか眩しくて。

 「亡者が徘徊する夜、なんですよね。」

先ほど出会った異国の親子も、何も悪さはしてなくたって人目を避けて生きねばならぬ。
迫害まではされずとも、誰かに利用されかねず、
はたまた誰かの手に渡ったらまずいという勝手な理由から命を狙われるかもしれぬ。
そんな理不尽が、でも“しょうがない”と通用してしまう世の中で。
ああボクだって、何か悪いことしなくても殴られ蹴られて来たものな。
化け物だから駆逐されてもしょうがないのかな。
そうかと思や、懸賞金かけられもしたしなぁ。
人間の方がよっぽど魔物かもしれないなぁなんて、つい思ってしまい、
どこかしみじみした言いようをする敦なのへ、

 「…。」

中也は細い眉をちらりと持ちあげたが、
ふふんと笑うと、羽飾りのついた山高帽をひょいと持ち上げ、敦の頭に乗っけてくれる。

 「ここはヨコハマだぜ? 年がら年中 化け物が徘徊している街だ。」

異能がなくたってとんでもない悪事をはたらく爺もいるし、
ガキのくせに徒党組んで、カツアゲから強盗まで日常のようにやらかしてるワルもいる。

 「勘違いなら済まねぇが、純朴な虎なんてのは化け物のうちにも入らねぇ。
  ほれほれ、ごろごろって鳴いてみな♪」

 「わぁ〜〜ん。////////」

顎の下へと手を入れられて、こしょこしょくすぐられ、
慣れぬ感傷に浸ってたと、判ってて なのに揶揄う優しいお人へ、
もうもうもう、なんて男前なんですよぉと、
惚れ直したそのままむぎゅうッと抱き着いた子虎ちゃんだったのでありました。



     〜 Fine 〜    20.10.31〜11.16

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 *お待たせしたその上、何だかグダグダになっちゃってすいません。
  いきなり風邪を拾ってしまい、
  ボックスティッシュ3箱消費する日々を送っておりました。
  それはともかく。
  beastもどきからのリハビリのつもりでしたが、
  どんな敦ちゃんだったか、中也さんだったかを思い出すのが大変で。
  ついつい他所様の彼らにひたってばかりおりました。(逃避ともいう)
  もちょっと落ち着いてから、精進し直しますね。